成年年齢を引き下げる改正民法、2018年改正消費者契約法成立時に国会が課した宿題は
2020年6月までに
「高齢者、若年成人、障害者等の知識・経験・判断力の不足など、消費者が合理的な判断できない状況につけ込んだ場合の取消権」を創設することだった。
当該消費者が当該消費者契約の締結について勧誘を受けている場所において、当該消費者が当該消費者契約を締結するか否かについて相談を行うために電話その他の内閣府令で定める方法によって当該事業者以外の者と連絡する旨の意思を示したにもかかわらず、威迫する言動を交えて、当該消費者が当該方法によって連絡することを妨げること(新設)
宿題が求めた内容とはあまりにかい離している。しかも施行は公布から1年。
内閣府令では、電話のほか、電子メールやSNSなどの相談が対象にされると見られる。
「もう大人なんだから相談しないで決めよう」などと言われたときに、消費者側が「威迫する言動を交えて妨害されたのか」を立証することができるのか。その場で相談したいと言ったことを消費者がどう立証できるのかが問われそうだ。
消費者契約法は、「立証責任は全て消費者側」にある。
消費者庁の検討会報告書が提案した取消権
改正法案ではすべて立法化できず
消費者庁の検討会報告書が提案した取消権が、全く改正法案に盛り込まれていないことが、国会で問題になっている。
4月7日、その理由を与野党から追及され、繰り返し消費者庁が答弁されている内容が以下だが、4月12日の参考人質疑では、答弁内容が立法化できなかった本当の理由とは思えないことが浮き彫りになってきている。
消費者庁は啓発ばかりをやっているが、
若年成人に消費者被害にあわない自己防衛を呼びかける前に、
「消費者の脆弱性につけ込んで不当な行為を行った事業者に経済的不利益を与える取消権」を創設し、
公正な市場を作ることが求められている。
消費者の判断力に着目した取消権
【検討会報告書の提案内容】
判断力の著しく低下した消費者が、自らの生活に著しい支障を及ぼすような内容の契約を締結した場合の取消権
【立法化できなかった理由】
<事業者の行為によって消費者の判断力が低下しているわけではないため、従来の取消権を超える側面がある>
⇚ すでに消費者契約法4条4項の過量販売取消権がある。事業者の行為で過量契約をした わけではなく、消費者の判断力の低下があることを前提に取消権を認めていると、参考人は意見陳述している。
⇚ そもそも、消費者庁検討会の中では、民法の意思能力無効に類する規定の検討と説明されてきた。このような説明は、7カ月間行わた研究会、1年9カ月行われた検討会に関わってきた専門家に対しあまりに失礼。
⇚ 本当にそうであれば、当初からそのことを前提に別の検討をすべきだったはずだ。
<生活に著しい支障を及ぼす内容の契約となるかは、消費者の生活状況が一様ではないことから取消権として規定することは困難>
⇚ すでに規定がある過量販売取消権の過量の内容は、消費者の生活状況が一様ではないが規定されている。できない理由にはなっていない。
消費者の心理状態に着目した取消権
【検討会報告書の提案内容】
正常な商慣習に照らして不当に消費者の判断の前提となる環境に対して働きかけることにより、一般的・平均的な消費者であれば当該消費者契約を締結しないという判断をすることが妨げられることとなる状況を作出し、消費者の意思決定が歪められた場合の取消権
【立法化できなかった理由】
<意見の隔たりがあり、幅のある形で報告書がまとめられた>
⇚ まとまっていない、幅があるとは考えていない。「考えられる対応」として結論は書かれている。議論の中で出た意見が、「なお」以降に書かれているが、両論併記ではない。検討会に委員を出している団体を代表する参考人のほか、複数の参考人がこう主張した。
<取消権は強い効果と、事業者の行為規範の機能を持つため、消費者の使いやすさ、事業者の予見可能性、要件の明確性の要素が全て満たされることで十全に機能する>
⇚ 予見可能性は必要だが、過剰。実現できない説明にはなっていない。
<消費者が慎重に検討する機会を奪う行為を捉える考え方が示されたが、困惑させる行為との区別が難しいときもあるのではないかという指摘もされた>
⇚ 慎重に検討する機会を奪うことで、一定の心理状態にあることにつけ込んで契約させた場合の取消権を置くことは可能。 意味不明な答弁。
困惑類型の受け皿となる脱法防止規定
【検討会報告書の提案内容】
現行法で取消対象になる不退去、退去妨害、契約前に契約内容を実施、契約を目指した活動をして交通費などを請求した場合と、実質的に同程度の不当性を有する行為について、脱法防止規定を設ける。
【立法化できなかった理由】
<意見の隔たりがあり、幅のある形で報告書がまとめられた>
⇚ 同上。当初は、困惑類型の中の強迫類似型と漬け込み勧誘型に分けて、それぞれ脱法防止のための受け皿規定が検討されたが、報告書は強迫類似型のみの提案になっている。
<取消権は強い効果と、事業者の行為規範の機能を持つため、消費者の使いやすさ、事業者の予見可能性、要件の明確性の要素が全て満たされることで十全に機能する>
⇚ 同上。受け皿規定は、不当条項を無効とする類型では、すでに契約法10条がある。できない理由にはなっていない。
改正法案では、受け皿規定は盛り込まれず、以下の新しい取消権と、現行の取消権の一部修正が追加されている。
消費者契約法第4条3項3号
当該消費者に対し、当該消費者契約の締結について勧誘をすることを告げずに、当該消費者が任意に退去することが困難な場所であることを知りながら、当該消費者をその場所に同行し、その場所において当該消費者契約の締結について勧誘をすること。(新設)
消費者契約法第4条3項9号
当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に、当該消費者契約を締結したならば負うこととなる義務の内容の全部若しくは一部を実施し、又は当該消費者契約の目的物の現状を変更し、その実施又は変更前の原状の回復を著しく困難にすること (下線部分を追加)
⇒ 勧誘前に目的物の現状を変更し、原状回復を著しく困難にした場合
現行法では、竿竹を切ってしまって物干し竿の売買契約をさせた場合だけでなく、パッケージを破いてしまった場合なども明確化する。
本来は、退去、退去妨害だけでなく、深夜まで勧誘する、断っても執拗に勧誘する、契約しないと怒るなど、同程度の悪質な勧誘行為を捉える受け皿規定が求められたが
個別具体的な取消権が追加されたに過ぎない。
厳格な要件の取消権が、後追い的に追加され、救済できる被害が限定される問題が指摘され法律のすき間から抜け落ちる被害を救うための包括的な規定の導入を検討会報告書は求めたが、結局、課題は解決せず、さらに問題を増幅させる結果となった。
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「20~24歳」と「18、19歳」の相談件数を国民生活センターに提供してもらい分析した。その結果、マルチ商法は、2020年度2021年度ともに6倍、エステティックサービスはそれぞれ5倍、4.4倍、美容医療は3.3倍、3倍、情報商材は2.5倍、2.9倍だった。副業・情報商材やマルチなどの"もうけ話"、エステや美容医療などの"美容関連"、「金」と「美」に関連する相談が増えることが懸念される。
今回の改正を経ても、法整備が十分とはいい難い。今後の展望が現時点では見えない。
【参考】消費者契約法 現行法の契約取消権
誤認して契約した場合の取消権 ①重要事項について事実と異なることを告げた場合 ②消費者の利益となる旨を告げながら、重要事項について不利益になる事実を故意に告げなかった場合(重大な過失を2018年改正で追加) ③将来の変動が不確実な事項について確実であると告げた場合
困惑して契約した場合の取消権 ①帰ってくれと言っても帰らない場合 ②帰りたいと言っても帰してくれない場合 ③就職セミナー商法等(消費者が社会生活上の経験が乏しいっことから、願望の実現に不安を抱い知恵ることを知りながら不安をあおり、契約が必要と告げた場合) 2018年改正で追加 ④デート商法等(消費者が社会生活上の経験が乏しいことから、勧誘者に好意の感情を抱き、かつ、勧誘者も同様の行為を抱いていると誤信していることを知りながら、契約しなければ関係が破綻すると告げた場合) ⑤加齢や心身の故障により判断力が著しく低下していることから、現在の生活の維持に過大な不安を抱いていることを知りながら、不安をあおり、契約が必要と告げた場合 ⑥霊感等の特別な能力により、消費者がそのままでは重大な不利益が生ずると不安をあおり、契約が必要と告げた場合 ⑦契約前に契約内容の全部または一部を実施し、実施前の原状回復を著しく困難にした場合 ⑧契約のための事業活動をし、これにより生じた損失補償を請求した場合
③〜⑧は2018年改正で追加 (➄⑥は、消費者庁が③④に報告書になかった社会生活上の経験が乏しい要件を追加したため、衆議院の修正協議で追加された)
過量契約取消権 通常の分量を著しく超える分量を勧誘